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小泉地区滞在 2019年3月11日

更新日:2023年2月20日


 

東日本大震災から8年が経過した気仙沼市小泉地区を訪問してきましたので報告いたします。

新しい集団移転地に多くの住民の方が入居して3年近くが経過しました。

この間、各家庭で庭の手入れやカーポート・デッキの設置などが実践されていき、出来たばかりの移転地にも生活感が徐々に漂ってきました。

個人的にはそうした住みこなしの様子は訪問の度に発見があり毎回楽しみにしているのですが、今回の滞在でもいくつか目撃することができました。

(これまでの記事はこちら→2016年5月11日2016年9月17日2016年10月14日2017年3月11日2017年7月23日


      住みこなしの様子         地区の入口に新しく設置された看板


また、今回の滞在では、嬉しい出来事がありました。

多くの移転事業では、造成期間の長期化や生活再建の意向の変化により、造成したものの入居する世帯がいない空


きの宅地が発生しています。

それを受け、各自治体では入居の条件を被災世帯のみに限定せず一般にも募集を開放し、条件を緩和することで対応しています。

小泉地区では、この一般公募を通じて入居してくる世帯が出てきており、昨年までには3世帯が実際に入居を開始、今回の滞在でも4軒の住宅が建設を始めていました。

一般公募を活用し入居してくる世帯は比較的若い世帯が多く、高齢化をたどる集落にとっては歓迎すべき出来事といえます。

新しく入居された住民の一人の方に少しお話を伺うと、小泉地区のゆったりとした空間に魅力を感じたことも入居を決めた一つの要因になっているということでした。

ゆったりとした空間をつくり出している移転地の中央に設けられた緑地帯は、ワークショップで見出された被災前の共用空間を継承したものです。

そして、かつては生業を通じ地域のコモンスペースとなっていたこの空間がかたちを変えて地域の紐帯に寄与しているのは何とも感慨深いです。


また、問題視されることの多い空きの宅地も、小泉地区においては結果的にではあるものの多世代が集う地域へと貢献するリダンダンシーになっている点にも注目したいです。

建設中の住宅


ところで、僕自身は小泉地区にお邪魔するようになって4年が経過し、訪れる度に現代の日本における共同体とは何かを考える機会をいただいています。

人間は共同体を形成することで、個人の人生のみでは到底獲得できないような生きるための術を共有し蓄積してきました(ルイス・カーンの“A city is the place of availabilities. It is the place where a small boy, as he walks through it, may see something that will tell him what he wants to do his whole life.”という言葉も思い起こされます)。

災害は個人の人生を根底から揺るがす事態であり、これまでの復興の際では共同体を媒介とした術が多分に活かされてきたのだと思います。

しかし、東日本大震災の前後において、それらは果たしてどんなもので、復興の際にどれほど有効に働いたのでしょうか、さらにそれらの現代の日本における課題や可能性とは何でしょうか?

共同体とは誤解を恐れずにいえば人間と土地の相補的な関係によって成立しており、現代では人間は土地に縛られず比較的自由に住まいを移動することができているように思います。

そんな人々の流動性が高まっている現代だからこそ、上に示した小泉地区の現状のように、共同体の土地がどんな質を持っているのかという場所の重要性はますます増してきているのではないでしょうか?

今後も小泉地区にお世話になりながら、現代日本の共同体とは何か、それをふまえ建築計画にできることは何なのかを引き続き考えていきたいと思います。

D3 坪内

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