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輪読会#6:Gentrification / Neoliberalism 2021年1月14日

更新日:2023年2月20日


 

卒論・修論の提出が間近に控える中、今年度で6回目の輪読会を開催しました。 今回のテーマは「Gentrification / Neoliberalism」で、テーマ・文献ともにややヘビーなものとなりました。


<取り上げた文献>

①論文:Kevin Loughran: Parks for Profit -The High Line, Growth Machines, and the Uneven Development of Urban Public Spaces (2014)

好事例として紹介されることの多いNY・High Lineが警備等によって「監視と排除」のもとで成立する特権的なパブリックスペースであることを指摘したもの。

②記事:Marx: The Backlash Against Apple’s ‘Town Squares’ (2018)

アップルストアがブランドイメージ向上のために社会的・文化的な価値の高いパブリックスペースに計画されることに対し、各地から異議が唱えられていることを報告した記事。

今回は11月から研究室の新しいメンバーとなった留学生のGaurabさんも参加してくれ、海外の状況も踏まえながら議論を進めることができました。

近年、日本でもジェントリフィケーションが問題になることが徐々に増えつつあります。

ただ、海外に比べると日本ではまだ馴染みが薄く、文献を読み解くのが難しい部分も多かったです。そこで、輪読会の場では、論文の内容の把握に加え、以下の参考文献を踏まえながら意見交換を行いました。

<参考文献>

①中山英之:語り得ることを語ろうとすること(「新建築」2018年11月号月評)

②原口剛:ジェントリフィケーションの暴力を直視せよ(「建築雑誌」2019年10月号内の論考)

取り上げた2つの文献は、現代のパブリックスペースを対象としており、乱暴に整理すると、これまでパブリックスペースを担う主体であったOfficialが税収の縮減のもとで公共サービスの民営化を行った結果、パブリックスペースの利用はOpenでなくなり、Commonな空間が損なわれていくというものでした。そして問題は、どんなことも即座にビジネスにしてしまう順応性の高い民間企業が、多くのアクターによる長期間の関与・調整のもとでようやく成立する脆く曖昧なCommon空間に入り込んでくることにありました。

渋谷ストリームに散在するポケット空間


議論では、参考文献①で挙げられている渋谷ストリームを引き合いに(渋谷ストリームは再開発といっても現地建替えなので正確にはジェントリフィケーションとは異なります)、再開発によるパブリックスペースのあり方について議論しました。

実際に現地を訪れたことのある参加者の中でも、暗く駐車場のようで商業空間としては居心地が悪いと感じたり、暗い中にところどころ設けられたポケットのような空間があることで、商業目的で利用しない者の滞在を許容しやすいのではないかと感じたりと、異なる評価をしているのが面白く感じました。その上で、参考文献②で指摘される“雰囲気による排除”は、空間デザインが関与できる部分が大きく重要ではないかということを確認し合えたように思います。


個人的には、上記の意見を聞きながら、現代で本当にパブリックなスペースがあるとすればそれは居心地が良いとは簡単には言えない質のものなのだろうと思うと同時に、居心地が良いと感じるパブリックスペースがむしろ怪しく思えてきて、自身の価値観が揺らぎました(居心地の良さの背後には「監視と排除」が存在しないだろうか?)。

参考文献①でも指摘される通り、建築に携わる者はジェントリフィケーションに加担せざるを得ない場面が多くあります。だからこそ、その背後に潜む「監視と排除」への想像力と、自らの態度について言葉を尽くしながら語る努力を怠ってはいけないのだと改めて思います。

D5 坪内


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